こんにちは。夫です。
先日妻がスタンダードブックストアという個性的な本屋さんを紹介してくれました。今回紹介するのは、その本屋さんで買った一冊「EXTRA LIFE なぜ100年で寿命が54歳も延びたのか」です。
スタンダードブックストアという本屋さん、コンセプトは「本屋ですが、ベストセラーはおいてません」です。面白いですよね。ベストセラーだから、という理由で仕入れる本を決めるのではなく、スタッフが「この本を手に取って欲しい!」と思った本だけを仕入れているそうです。
僕たちが訪れた大阪天王寺店は、1階がカフェで2階が本屋さんという作りなのですが、そんなに広くないスペースに所狭しと本が置いてあります。ほんとに、他の本屋さんにはまず置いていないようなニッチな本がたくさんあるので、見ているだけで楽しい場所です。
そんなスタンダードブックストアで手に取った一冊が今回紹介する「エクストラライフ(EXTRA LIFE)なぜ100年で寿命が54年も延びたのか」です。
副題が面白いですよね。以前Intro Booksで「LIFE SPAN」という本を紹介しましたが、こちらは僕たちが120歳まで”健康に”生きていくための科学的な方法や、平均寿命が120歳になった時の社会を描いたものでした。
一方、本書は同じく長生きをテーマにしていながらもアプローチが逆。副題の通り「なぜ100年で寿命が54年も延びたのか」という疑問から出発します。
改めて考えると100年前は平均寿命が40歳とか50歳とかだったんですよね。たった100年で倍以上も長く生きるようになったのは明らかに異様です。その原因から未来を探るのが本書のアプローチ。
本書ではワクチンや抗生物質といった医学面のイノベーションや、トイレや上下水道の普及、肥料の開発による食生活など医療以外のイノベーションなど、さまざまな角度から人間の寿命が54年も延びた理由をみていきます。
といってもかなり専門的で深い内容ですし、本書を読めばわかりますが、要約して伝わるタイプのものでもありません。膨大なデータと名もなき偉人のエピソードが絡み合い、人は寿命を延ばしてきました。僕が「面白い!」と思った部分をピックアップしていきますね。
現状把握|世界人口はどう推移してきた?
まずは世界人口がどう推移してきたのかをみてみましょう。
僕たちがよく見るのはこういうグラフですよね。こうしてみると、世界人口は緩やかに増え、今後も緩やかに増えていき、2100年ごろにピークアウトする、という印象を受けます。
でも本書ではもっと長期のデータが用意されていました。それがこちらです。
農耕革命が起こった紀元前1万年ごろからの推移ですが、これを見ると今がいかに異常な状況かよくわかります。過去数千年、人間の人口はほとんど横ばいでした。しかしそれが産業革命(18世紀後半)以降、急激に増加しています。
紀元前2500年にようやく1億人を超えた人口は、そこから2500年かけて2億人に。つまり1億人増えました。そして1800年には10億人を突破し、それからわずか200年ほどで70億人を突破しました。
こうして超長期の推移をみるとこの数百年がいかに特殊かわかりますね。
続いてもう一つ、本書で紹介されている画像をみてみましょう。
こちらはイギリスの平均寿命の推移です。1600年代から1900年手前まで平均寿命は40歳前後で推移してきました。それがこの100年ちょっとで急上昇し、80歳を超えています。
人類に-そして地球そのものに-何が起きているのかを捉えた図表として、これより重要なものはないかもしれない。1660年代初期、人びとが平均寿命を計算するという考え方を初めて検討し始めたとき、平均的なイギリス人は30年ほどしか生きなかった。現在、イギリスで生まれる子どもは、それよりまる50年以上長く生きると期待できる。そしてその異例の平均寿命の増加は、世界各地で何度も繰り返された。科学的手法、医学の躍進、公衆衛生機関、生活水準の上昇など、この3、4世紀のあらゆる進歩のおかげで、人は平均で約2万日も長く生きることになった。大人になるまで、あるいは自分の子どもをもうけるまで、生きることが叶わなかったはずの数十億人が、このとても貴重な贈り物を与えられたのだ。
引用:エクストラライフ(EXTRA LIFE)なぜ100年で寿命が54年も延びたのか
こちらはみずほ証券が作成した日本の平均寿命の推移です。1600年代のデータはありませんが、1900年代前半まで横ばい。そこからこの100年で急激に延びていることがわかりますね。
もしこの傾向が続くと、次の100年で人類の平均寿命は160歳になることになります。でも残念ながらそんなに単純ではありません。そのことがわかるのが次の画像です。
こちらは世界の小児死亡率を表したもの。1800年代には40%以上の子どもが5歳までに亡くなっていました。それが今では5%以下になっています。これこそが、急激な人口増加と平均寿命の延びを説明するデータです。
100年以上前にも長生きする人はいました。アメリカ建国の父ジェファーソンは73歳まで生きましたし、以前Intro Booksで取り上げた「プーア・リチャードの暦」を書いたベンジャミン・フランクリンは84歳まで生きています。
「LIFE SPAN」でも「最大寿命が延びていない」という指摘がありましたが、本書でも同じ立場です。つまり、平均寿命の増加は、寿命が延びたことが要因ではなく、寿命以外の理由で若くして失われる命が減ったことによってもたらされてたのです。では、寿命以外の理由で若くして失われる命を減らしたものはなんだったのでしょう?
寿命を延ばしたイノベーション
本書では、平均寿命を延ばしたイノベーションを次のようにまとめています。本書ではそのそれぞれについて、イノベーションに至った詳しいエピソードが紹介されていますが、まずはこのリストを見てみましょう。
エイズ・カクテル療法/麻酔/血管形成術/高マラリア薬/CPR(心肺蘇生法)/インシュリン/腎臓人工透析/経口補水療法/ペースメーカー/放射線医学/冷蔵/シートベルト
抗生物質/二又針/輸血/塩素消毒/低温殺菌
化学肥料/トイレ/下水道/ワクチン
こうしてリストアップされると面白いですね。特に、一番影響が大きかったイノベーションが医学分野ではなく、肥料やトイレというのが面白いです。それほど人間にとって食べるものと最低限の衛生が重要ということですね。
ただし、本書ではこうしたリストや科学的な発見について「誤解を招きかねない部分もある」としています。その理由を紹介する前に、平均寿命の向上について書かれたこの一文を紹介しましょう。何かと考えさせられる文章です。
平均寿命というこの単純な数字の物語を、まぎれもない勝利のものがたりと捉えてはならない。これほど重大な変化で、その影響がプラスばかりというものはない。とはいえ、平均寿命の倍増を、この数百年で人間社会における最も重要な発展として理解すべき理由は、ひとつには、その影響が非常に直接的であると同時に世界規模でもあることだ。たった2、3世紀で、私たちは人生を2万日も増やすことができた。生まれて2、3年後に命を落としていたであろう子どもが、何十億人も大人になるまで成長し、自分の子どもを持つことができるようになった。
引用:エクストラライフ(EXTRA LIFE)なぜ100年で寿命が54年も延びたのか
最初の一文に書かれている通り、平均寿命の増加は単なる勝利ではありません。もし世界人口が10億人なら、今と同じ生活水準でも環境問題はほとんど起こらなかったでしょう。つまり、人口が増えたことで出てきた、深刻化した問題も数多くあるということです。それにしてもこれだけのイノベーションが短い期間に、世界中で同時発生的に起こったという事実は驚くべきことですね。
一人の天才ではなくネットワークが変化を生む
本書ではワクチンや疫学、殺菌・消毒や抗生物質、さまざまな制度など、平均寿命の向上に貢献したさまざまなイノベーションについて詳しく紹介されています。
そのなかで共通するエッセンスが「天才かネットワークか」という構図です。
ペニシリンを発見したのは誰でしょう?
多くの人はこの質問にすぐに答えられると思います。フレミングですね。フレミングが実験中、偶然にあるペトリ皿では細菌が増殖していないことを見つけました。その理由を探っていくと、人類初の抗生物質、数億人の命を救ったイノベーションであるペニシリンの発見に至った、というエピソードはあまりにも有名です。フレミングはペニシリン発見の功績でノーベル賞も受賞しました。
でも本当にそうでしょうか?
本書では物事はもっと複雑で、イノベーションは1人の天才によって起こされたのではなく、なんらかのきっかけは存在したにせよ、ネットワークの力によって時間をかけて広がっていったとしています。
フレミングは青カビに含まれる何かに殺菌能力があることには気づいたものの、それを裏付ける基本的な実験すらしていません。青カビからペニシリンを抜き出し、それをマウスに注射するだけでペニシリンの効果を証明でき、より大きな功績を残せたハズです。
フレミングはこの基本的な実験をしなかったために、ペニシリンの発見は長い間無視されてきました。
もちろん、フレミングが偶然ペニシリンを発見したことは偉大な功績です。でもそれ自体が数億もの命を救ったわけではありません。ペニシリンが抗生物質として多くの命を救うまでにはネットワークの力が必要だったのです。
まず、新しい発見が世界を変えるには3つの重要なピースがあります。
1つはその発見が実用に足るものなのか、効果的なものなのかを判定することです。これについては、フレミングは簡単に判定することができたハズなのに、やりませんでした。次にそれを大量生産する方法を考える必要があります。最後に、大量生産を支える市場が育つ必要があります。
この3つが揃ってようやくイノベーションになりますが、フレミングはこの3つの前段階、1つの気づき、アイデアの段階にしか貢献していません。
フレミングの論文をハワード・フローリーと、エルンスト・チェーンが偶然発見し、ペニシリンを薬として安定抽出する方法を考えました。その後、フローリーはペニシリンの効果を初めて実験で検証し、細菌感染に対し有効であることを証明しました。
フローリーと研究所は人体にも有効であることまで突き止めましたが、大量生産する方法に辿り着くことはできず、まだイノベーションには至りません。
その後、アメリカでは研究所だけでなく、ファイザーやメルクといった現在も残る大手製薬会社もプロジェクトに協力し、ペニシリンの大量生産方法を探し始めました。
このプロジェクトは製薬の科学的なイメージとほど遠く、世界中の土壌から大量生産に適した生物を探し出すというもので、いるかどうかもわからない、目にも見えない微生物を探し出すために13万5000ものサンプルが集められました。ちなみにこのサンプルからペニシリンを生成する微生物は見つからなかったのですが、別の抗生物質ストレプトマイシンの原料が見つかったそうです。
そんな中、プロジェクトの一員だったメアリー・ハントが、生鮮食品店でカビの生えたメロンを見つけます。そのメロンに生えていたカビを調べてみると、他のカビより繁殖力が強く、大量生産できることがわかったのです。
現在、世界中で使われているペニシリンを生成するカビは、このメロンで見つかったカビの子孫なんです。
これがネットワークの力です。ペニシリンの発見について、フレミング以外の名前をあげる人はほとんどいないと思います。確かにフレミングはペニシリンを発見しました。しかし、それを精製し医薬品として使えるようにしたり、人体にも有効であることを証明したり、実用できるように大量生産の方法を見つけたのは、僕たちが名前を聞いたこともない人たちでした。
今回名前が上がったフローリーやハント以外にも、無数の人が関わっていたハズです。それに、ペニシリンと並んで世界中で使われているストレプトマイシンの原料を見つけた研究者の名前は出てきませんでした。現在世界中で使われているペニシリンを生成しているカビ、そのカビが生えていたメロンの生産者や販売員は、もしかしたらフレミングと同じくらい、歴史的な偶然の発見の立会人かもしれませんが、その名前もわかりません。
他にも本書では人類の寿命に関わったさまざまなイノベーションについて、これまで語られてこなかった「ネットワークの側面」を教えてくれます。例えば、
- 19世紀には多くの子どもの命を奪った悪魔の飲み物「牛乳」が低温殺菌によって安全な飲み物に変わるまで(残虐行為とまで呼ばれた牛乳メーカーと戦った百貨店オーナー)
- 専門医がついて診る貴族のほうが、医者にかからない平民より平均寿命が短かった!?エセ医学によって毒物を飲み続けたジョージ3世と医学と科学が融合するまでの道のり
- 天然痘ワクチンの普及において伝道者の役割を果たしたメアリー・モンタギュー(天然痘にかかり死ぬか、天然痘ワクチンによる重篤な副反応に耐えるかで後者を選んだ)
- 卵を割らずに落とす実験から生まれたシートベルト構想と、シートベルトに消極的でネガティブキャンペーンまで展開した自動車産業
人類は次の2万日も獲得できるか?
ということで今回は「エクストラライフ(EXTRA LIFE)なぜ100年で寿命が54年も延びたのか」を紹介しました。
正直、小難しいところもありましたがすごく知識が増えました。今のコロナ禍でいわゆる「分断」がものすごいですよね。こうした考え方って、結局「0」か「100」かみたいな意識から来ているんだと思います。本書を読めば、あらゆるものはもっと複雑で、0も100もないんだということがわかります。
本書の大半は過去の話です。でも最後の1章では、未来の話をしてくれています。
例えば、新しい免疫療法とがん治療について。以前、人が死ぬ原因の多くは感染症でした。でも本書で紹介されているさまざまなイノベーションによって、ありがたいことに今や感染症や汚染された水、栄養不足で死ぬ人は多くありません。その代わりに増えてきたのが、がんや心臓病、アルツハイマー病といった慢性疾患です。
免疫療法は、めぐりめぐって元にもどった感がある。
<中略>
ワクチン-およびその前の人痘接種-も、免疫療法に匹敵する細胞のマジックによって作用する。すなわち、脅威を撃退するための新しい抗体を免疫系につくらせるのだ。一方の抗生物質はいったん循環系に入ると、みずから汚れ仕事を行う。侵入してきた細菌は、人の血流に入り込んだペニシリンのような化合物と、直接接触することで死ぬ。免疫療法は頼る回路がワクチンとちがう。外から爆弾を落とすのではなく、既存の防衛手段で武装する。これが医薬品の未来なのかもしれない。特効薬はしだいに、体がみずから治癒するような設計になってきている。
引用:エクストラライフ(EXTRA LIFE)なぜ100年で寿命が54年も延びたのか
さまざまな医薬品が作られ、病気の原因に直接作用するものも増えてきました。でも細菌は免疫療法、つまり体が元々持っている仕組みを使ったアプローチに変わってきているということですね。
他にも、「LIFE SPAN」でも語られたエピゲノムを使った、寿命そのものについてのアプローチにも触れています。一方で本書では、そうした技術革新によって、命に対する差別(富豪は長い寿命を手に入れ、さらに富を独占する)や人口増加による環境破壊など、ネガティブな部分にも触れています。
本書の最後には、次のような疑問が投げかけられています。バングラデシュのポーラ島は、天然痘の撲滅によって救われた地域の一つ。しかし、その数年後、島は立て続けに壊滅的な洪水に襲われ、何十万人もの人が島を離れました。
私たちの子や孫が、2079年に天然痘撲滅100周年を祝う時、島全体が世界地図から消えているおそれもある。そのとき、彼らの生命表はどうなっているのだろう?
<中略>
プラスされた人生という画期的な成果は、海面上昇による現実の潮に洗い流されてしまうのか?
引用:エクストラライフ(EXTRA LIFE)なぜ100年で寿命が54年も延びたのか
僕たちはネットワークのイノベーションにより、ひいひい爺さんの時代には想像もできない長寿、2万日という時間を与えられました。でもその変化がこれから先どこに行くのか、さらに追加で2万日を手に入れることができるのか、できたとして、その時の地球環境はどうなっているのか。幸せに生きることができているのか。それはまだわかりません。
本書を読むと、僕たちに与えられた2万日の尊さ(決して数人の天才によってもたらされたものではなく、多くの人がリスクと向き合い、努力をした結果の相乗効果によってできた時間)と同時に、これからの世界に対する向き合い方を考えさせられます。
- 人類はさらに追加の2万日を手に入れることができるのか?
- あらゆる病気を乗り越え、寿命さえも伸ばし、不老不死を手に入れることができるのか?
- それを手にした時、私たち人類は幸せなのか?
- それを手にするのは一部の人だけで、命の格差に繋がるのか?
- それを手に入れた時、失ってはならないもの(地球の限りある資源など)を守ることができるのか?
ぜひ本書を読んで、こうした疑問について考えてみてください。
この記事を書いた人
- かれこれ5年以上、変えることなく維持しているマッシュヘア。
座右の銘は倦むことなかれ。
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