こんにちは。夫です。
僕はマーケティング関係の仕事をしているので、定期的にマーケティング関係の本を読むのですが、面白い本と出会いました。今日紹介する「New Brand Strategy 世界のマーケターは、いま何を考えているのか?」です。
この本はタイトル通りマーケティングの本ですが、マーケティングの具体的な戦略やテクニックがメインではありません。どちらかというと世界、そして消費者を理解することを目指したもの。
つまりマーケティングだけでなく商品開発や企業アイデアなどにも活用できるんですよね。実際、本書はかなりのページを割いて今後世界消費のメインを担うZ世代について書いてくれています。
本書の冒頭では「マーケターは嫌われる職種」という言葉が出てきます。確かに、モノ余りの世の中において手を変え品を変え新しいものを買わせようとするのが従来のマーケターの仕事でした。すでに服をたくさん持っている人に「こっちのほうがサステナブルな素材ですよ」と無駄に服を買わせようとするような矛盾もあります。
そんな中、筆者は「これからのマーケティングには何ができるのか?また何をすべきなのか?」を真剣に考え、差別化や戦略で勝ち抜くマーケティングではなく、社会や環境、人々に対して何ができるのかを考える「価値を残すマーケティング」を目指すために本書を書きました。
マーケティングが嫌われる職種というのは、実際にそうだと思います。僕も代理店時代はすでに満足している人に不満を抱かせ新しい商品を買わせるようなマーケティングに苦しい思いをしたことがあります。今は自分が必要だと思えるものだけをマーケティングしているのでそうした苦しさはなくなりましたが。
それでは、これからのマーケティングには何ができるのか。あなたがマーケターならマーケターとして、消費者なら消費者として、世界のマーケターがいま考えていることを見ていきましょう。
マーケターは新しいマーケティングの発見につながるかもしれませんし、消費者も本当に価値のあるマーケティングを見抜いて自分の消費行動をより満足のいくものにしていけると思います。
僕はダイレクトレスポンス系のマーケターなのでブランド戦略をメインにする廣田周作氏とは意見や考え方が違う部分もありますが、マーケティングの大きな変化と、僕自身がマーケターとして取り組みたいと感じた部分を中心に紹介します。
マーケティングの役割は未来の約束を守ること
マーケティングの仕事とはなんでしょうか?
著者は本書の始めに「今、未来への約束が問われている」といい、商品そのものよりも「企業が消費者に、どこまで未来の安心を約束できるか」が重要だといいます。その約束は企業活動全体に浸透していないといけません。企業のストーリーや製品開発、販売のプロセス、そしてマーケティング戦略。その全てで未来の約束を体現する必要があります。
企業活動が透明化され、小さな情報もSNSなどで一気に拡散する。そんな時代においては「ジェンダー平等を重視します!」とブランディング広告を出しても、実際に役員が男性ばかりだったらすぐにバレるということですね。
モノやサービスが溢れた現代では、ただニーズを満たした商品、便利な商品を新しく作っても売るのは難しくなってきています。平均的なニーズを読み取ってニーズを満たすものを作っても売れないのです。
一方で小規模なECサイトに注文が殺到し、毎回販売開始から5分で売り切れる、みたいな現象もあります。このように局所的にモノが売れる現象を「マスニッチ」と言ったりします。
最近、妻と毎週1日だけ、特定の時間からECで販売されるスイーツを買おうとしているのですが、販売が始まってからはレースです。クレジットカード入力に手間取っている間に売り切れてしまうほど人気なんですよね。まさにマスニッチだなと思いました。
マスニッチが生まれる大きな理由は多様化です。現実に暮らす人々は、年収も趣味も、暮らし方も仕事も、みんなバラバラ。基本的なニーズが満たされた今、一人一人バラバラの個性、つまり価値観が購買行動に影響するようになってきました。
そうした人たちはマスマーケティングを無視し、価値観が合う人とSNSで繋がり互いに情報を共有しあっています。そこにマスニッチが生まれるのです。
アイドル文化で生まれた「推しエコノミー」のような感じですね。同じアイドルを応援したい人同士がSNSで通じて一緒に頑張って応援することで、大きなパワーが生まれる。それがスイーツからファッションまで、いろいろな業界に広がってきています。
インフルエンサーマーケティングが注目される理由もここにあります。平均的なニーズにアプローチする総合ファッション誌を読むより、自分にとって最適な何かを提供してくれるインスタグラマーのほうが参考になるのです。
ここまでをを簡単にまとめると次のようになります。
- 企業活動の多くが透明化された今、モノやサービスを届ける全てのプロセスで未来への約束を提示し、実行できるかが重要視されている。
- 価値観が多様化したことで、従来のマーケティングが想定する「平均的な人」は存在しなくなった。
- 企業はストーリーを語り、消費者がSNSで築いた独自のエコノミーの中で「推せる」理由を提示することが求められている。
これからのマーケティングに求められる3つの潮流
ここまで本書の冒頭で語られたマーケティングの役割と変化について紹介してきました。ここからは世界の消費者の40%がZ世代と言われ、ますます購買力を増していく中でどんなマーケティングが考えられるのか。
本書の重要なキーワードである「コミュニケーションエンゲージメント」をいくつか見ていきたいと思います。
マスニッチがたくさん生まれているという話をしましたが、その肝になるのがSNSなどを通じたコミュニケーションエンゲージメントです。実際にどんなマーケティング施策がコミュニケーションエンゲージメントとして機能し、Z世代をはじめとするこれからの世界の消費者インサイトをつかむことができるのか。
本書では全部で13の項目が紹介されていますが、僕が読んでいて「まさしくこれだ!」「これに取り組みたい!」と感じた3つを紹介します。
あくまで僕がピンときた3つなので、他の10個もものすごく重要な流れだと思います。興味がある方はぜひ本書を手に取ってみてください。
デジタルキャンプファイア
マスニッチに火がつくきっかけはコミュニティ感覚。マスマーケットを構成する一部ではなく、個性ある一人の人間として、コミュニティに参加しているという認識が重要です。
そこで筆者が注目しているのがデジタルキャンプファイアと呼ばれる閉じたSNSです。デジタルキャンプファイアは特定のサービスの名称ではなく、概念です。
SNSは人々のコミュニケーションを自由にし、多くのコミュニティが生まれましたが弊害も多くあります。ちょっと間違ったこと、検討外れなこと、本音を言うだけでクソリプが飛んでくる、炎上する。SNSを安心できるコミュニティとして活用している人はあまりいないでしょう。Z世代では特にSNSの弊害によるメンタルヘルス問題が増えています。
本書ではデジタルキャンプファイアの必要性について、次のように説明しています。
今のSNSは、混雑した空港のように、うかうかしていると誰かと肩がぶつかるような、不愉快な目に遭う場所になってしまったんですね。
だから、今必要とされているのは、人混みから離れた、キャンプファイアができるような穏やかな場所なんです。
SNSであろうと、友人とのんびりと、安心できる時間を共有する時間が求められているのです。
これは本当にその通り。僕は高校生のころからSNSを使っていましたが、今はほとんどやっていません。個人アカウントも消しましたし、情報収集用にたまに見る程度です。SNSってほんと疲れるし、使えば使うほど使う意味を見失うんですよね…
具体的にどんなサービス、取り組みがあるかと言うと、大きいのはライブストリーミングです。ライブストリーミングは誰でも見れるものですが、その一瞬を共有するのでコアなファン、仲間内でしか広がらないことがほとんど。そこでダラダラとただ会話をするようなものに多くの人が集まっています。
実際にイギリスのシューズブランドMistaは、インスタグラム上でダラダラ喋るだけのライブストリーミングをやっています。特に内容があるわけではないのですがなんとなく「ここにいていいんだ」という安心感が伝わるのです。
他にも、ブランドの小さなSNSコミュニティにもデジタルキャンプファイアのような変化がみられます。ブランドのコミュニティはこれまで、Twitterなどでシェアされることが重要視されていました。いわば口コミマーケティングに使うためのコミュニティだったのです。
しかし最近は外部にシェアされないことを売りにしたブランドコミュニティもいくつもあります。外部にシェアされない安心感から、消費者は素直に相談できたり、飾らない姿を投稿できたりして、コミュニティとしてのロイヤリティが上がっていくのです。
デジタルキャンプファイア。いい言葉ですし、めちゃくちゃ使えそう。オンラインサロンとかも一種のデジタルキャンプファイアですよね。同じ価値観を共有した人だけに限定されたコミュニティだから、変に飾ったり気を遣ったりしなくていい。
エンタープライゼーション・オブ・ザ・コンシューマー
最近インフルエンサーマーケティングが活発ですが、著者は安易にインフルエンサーをマーケティングに活用することは危険だといいます。
最近もTiktokがインフルエンサーを起用していたことがステルスマーケティングにあたるのではないかと炎上しました。
ネット上では「TikTokステマTwitterアカウント誰?インフルエンサー特定」のようなタイトルで、ステルスマーケティングに加担したインフルエンサーを特定しようとする動きも多くあります。
こうした例からも、インフルエンサーマーケティングはそうとう上手くやらないと誰も得をしない構造になってしまうのです。
ステルスマーケティングはご法度ですが、ちゃんとPRであることを明示したとしても、ファンにとっては「あの人はお金を優先し始めた」という印象を抱いてしまいますし、企業にも「インフルエンサーをお金で買収しようとしている」と悪い印象を抱いてしまいます。
結果、ファンは信頼するインフルエンサーを失い、インフルエンサーは自分の影響力そのものであるファンを失い、企業は消費者からの信頼を失う。そんな時代になってきているのです。
しかしインフルエンサーはこれまで企業とのタイアップ、案件を受けて収益化してきました。インフルエンサーマーケティングが廃れるとインフルエンサーは仕事を失ってしまいます。
そこで生まれた流れが「エンタープライゼーション・オブ・ザ・コンシューマー」です。直訳すると「消費者を起業家にする」となりますが、つまりインフルエンサーが企業から案件を受けるのではなく、インフルエンサーが起業家になり、直接事業を行い収益化するという流れです。
確かに最近人気のユーチューバーとか、だいたい独自ブランドやオンラインサロンを立ち上げたりして、企業案件以外で収益化する人が増えていますよね。
インフルエンサーは自分の価値観で、自分の事業を始めたら、企業案件のようにファンに悪い印象を与えることもありません。上手くいけば企業案件を受けるより収益性も高くなるので、ある程度人気を得たら「自分でブランドを作っちゃえ」となるわけです。
こうした流れを受け、インフルエンサー向けに製造を請け負う企業も登場してきました。インフルエンサーにとって最大の難関は製造ですから、そこを一手に引き受けるわけです。ファッション業界では多くの事例がありますが、ソニーも「Dreams Universe」という自分でゲームを作って販売できるプラットフォームを作りました。
有名ゲーム実況ユーチューバーが作ったゲーム。これは気になりますね。数十万、数百万のフォロワーがいる人なら、かなりのセールスも記録されそうです。
こうしたことから、筆者は今後、ブランド開発の分業化が進んでいくと考えています。
これまではブランドが製造、流通、販売からマーケティングまで、全てを行っていました。いわゆる垂直統合モデルと呼ばれるもので、ユニクロのように大量生産・大量消費で規模の経済を働かせて巨大化してきました。
しかし今後は販売はショッピファイやベースといったECサイト構築サービスが、製造はインフルエンサー向け商品開発企業が、流通はアマゾンの流通網、倉庫を活用できるフルフィルメント by Amazonが、そしてマーケティングはインフルエンサーが、と、それぞれがそれぞれの強みを活かしてブランドを構築していくのです。
これは既存のブランドにとって脅威ですね。エッジが効いたコンセプトで、コミュニティのなかで注目されるマスニッチ。マスニッチが一般的になれば、これまでマスに割かれていた購買力がかなり移動することになりそうです。逆に言うと個人にとっては企業チャンスが増え、企業は面倒なマーケティングをやらなくなる、という面白い未来も見えてきますね。
プロモーション→エデュケーション
従来のブランディングは「これが正解!」というものを消費者に突きつけるタイプのものでした。ファッション業界はわかりやすく、コレクションなどを通じて「これがオシャレの正解です!」と発信してきたのです。
ここまで読んでいただいたならもうお分かりと思いますが、こうしたブランディングはもう通用しなくなってきています。消費者は自分の価値観で、自分が参加するコミュニティの中での正解を求めているのであって、全世界で共通する正解なんて求めていないからです。
一方的に正解を押し付けるブランディングに限界が見えてきた中で、最近は顧客に対して一緒に学び、成長していく関係を作ろうとする企業が増えてきました。これが、プロモーションからエデュケーション(教育)への変化です。
例えばイギリスの高級ファッションブランド、アレキサンダー・マックイーンは、2019年にオープンした旗艦店をこれまでと全く違うコンセプトで作りました。
通常、高級ブランドの最上階はVIP向けにサービスを提供する場所になっていますが、この旗艦店では最上階をファッションデザイナーを目指す人のための教室にしたのです。他にもSNSを通じて若手デザイナーを紹介したり、若い層の教育に積極的に力を入れています。
アレキサンダー・マックイーンで学び、成長していった若者は将来どうなるでしょうか?優秀なデザイナーに成長したら他のブランドではなくアレキサンダー・マックイーンで働きたいと思うでしょう。優秀な人材を奪い合っている今、これはものすごく大きな強みです。
デザイナーになれなかったとしても多くの若者が「将来お金を持ったら、ここで服を買いたい」という強いロイヤリティが生まれるはずです。
僕のようにダイレクトレスポンスのマーケターは、ブランディングのマーケターとはそもそも目的や信念が違うので意見が合わないことが多いんですが、ここにきて一致しました。「マーケティングを通じて顧客を教育する」というコンセプトは、ダイレクトレスポンスでは何十年も前から言われていることです。僕も広告を作る時はいつも「この広告を見た人は、たとえ商品を買わなくても学びが得られるか?」を考えます。そう考えて広告を届けていれば、いずれタイミングがあった時に買ってくれるからです。
データの向こうに人がいる
ということで今回は「New Brand Strategy 世界のマーケターは、いま何を考えているのか?」を紹介しました。
僕は普段、もっと実務的なマーケティング本ばかり読んでいるんですが、本書は抽象度が高い。すぐに実務に役立つものではないけれど、重要な気づきを与えてくれた本です。
マーケティングに求められる役割が変わってきているというのは、マーケティングを仕事にしている僕も強く実感しています。広告戦略も数年前とは大きく変わりましたし、以前うまくいっていたフレームワークが機能しないことも多々あります。
その理由はやはり、この記事の前半で紹介した多様化、コミュニティ化でしょう。一般的なマーケティング戦略の大半はマス向けに作られたものなので通用しなくなるのは当然です。
といっても、僕はダイレクトレスポンスをメインにやっていて、ダイレクトレスポンスはそもそも一人のインサイトを深掘りして行動してもらうことを目指すものなので、マスマーケティングよりは変化しにくく、変化に対応しやすいと思っています。
本書の最後に「データの向こうに人がいる」という項目があります。
以前、Intro Booksで「お金のむこうに人がいる」という本を紹介しましたが、金融経済といった難しい概念も、その先には必ず人がいて、その人について考えるとわかりやすくなるというコンセプトでした。金融系の本もたくさん読みますが、ここ最近では一番衝撃を受けた本です。
今、マーケターの主な仕事はデジタルマーケティング。さまざまな方法でデータを取り、分析し、次のマーケティング戦略を見つけ出し結果を出すことです。
でもそうした仕事をしているとつい消費者を数字として見てしまうようになるんです。でもマーケターの目の前にある数字は、何らかの施策を通じて人に変化を与えた結果なのです。
例えば広告運用だと、「クリック率は◯%でコンバージョン率は◯%か。これを改善するには…」と考えるのではなく、「この広告を見た◯%の人が心を動かされて行動してくれたんだ」と考えるべきなのです。
これからもマーケティング戦略は日々変化していきますが、唯一変わらないものがあります。それが「人」です。だからマーケターはマーケティング戦略を学ぶ前に心理学や行動経済学など、人について学ぶんですね。
データの向こうには人がいる。データは人に影響を与えた結果でしかない。この変わらない原則さえ忘れなければ、今後世界がどうなってもマーケターは活躍できると思います。
この記事を書いた人
- かれこれ5年以上、変えることなく維持しているマッシュヘア。
座右の銘は倦むことなかれ。
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