こんにちは。夫です。
今日紹介するのは「イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか」です。今や時価総額世界1位、歴史上最も偉大と言っていい企業を築き上げながら56歳の若さでこの世を去ったスティーブ・ジョブズ。一方、テスラCEOとしてEV業界を牽引。民間宇宙企業スペースXでも大活躍。度々Twitterで発言が話題になると思えば、急にTwitterを買収したりと行動が読めない世界一の大富豪イーロン・マスク。活躍した時代や業界は微妙に違えど、共に圧倒的なカリスマ性を持ったリーダーです。
圧倒的なリーダーという共通点があり、比較されることも多い二人ですが、実は相違点もかなりあります。例えば、イーロン・マスクはエンジニアで、自らプログラムを書いたり、ロケットの設計士と物理学の討論を交わし、より良い機構を提案したりします。つまりイーロン・マスクは本人が超一流の職人なんです。
しかし、スティーブ・ジョブズはAppleというハイテク企業の創業者でありながら、プログラムは書けませんし、製品のデザインもできません。ですが、彼は超一流のモチベーションを極限まで高め、達成不可能に見えるビジョンを描くことができました。つまり、スティーブ・ジョブズは超一流の職人を使う人なんです。
他にも、スティーブ・ジョブズは環境問題や政治にあまり関心がありません。それが問題になったこともあります。一方、イーロン・マスクは環境問題に熱心で、そのためにEVや宇宙開発を行っています。必要とあれば政治に絡むことも厭いません。
そんな違いがある二人ですが、やはり圧倒的なカリスマ性を持ったリーダーという点では共通しています。個人的にはスティーブ・ジョブズの方が好きですが、資産額や影響力という点ではイーロン・マスクに及ばないと思います。でもそれは時代のせいもありますよね。スティーブ・ジョブズが今も生きていたら、全然違っていたかもしれません。
本書の最終的な目的は「もしスティーブ・ジョブズが10年長く生き、イーロン・マスクが10年早く生まれていたらどうなっていたのか?」に答えるものです。
そのために、二人の経歴や考え方の違いなどを紐解いていきます。
(イーロン)マスクは今ほど有名になる前に、一度だけジョブズに会ったことがあった。それは友人でグーグル共同創業者のラリー・ペイジのパーティでのことだ。しかし、ジョブズに対する印象は「無神経で嫌なヤツ」だった。どうやらジョブズはマスクが誰か知らず、いつものようにひどい態度をとったことが原因だったようだ。
<中略>
21世紀の初めの10年を代表するスティーブ・ジョブズと、2010年以降を代表するイーロン・マスク。二人はどちらも時代の波に乗って成功をつかんだ。異なる時代の波に乗った二人の経営者を比較するのは無謀な試みかもしれない。
しかし、あえて彼らを比べてみることで、時代のないの変化やこれからの時代、そして時代がいくら変わっても変わらない「普遍的な成功法則」が得られるのではないか。そこから、今起きている大きな変化の波に、私たちはどう向き合うべきか、そのヒントを探し出してみよう。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
ジョブズとマスク、最大の違い
先ほどもスティーブ・ジョブズとイーロン・マスクの違いに触れましたが、その中でも筆者が最も大きな違いというのが、次の点です。
マスクは、未来を決めて、今を作っている。
言葉だけを見てもイメージしにくいですね…二人は16歳差ですが、当然どちらも時代の波をうまく掴みました。しかしその掴み方が全く違うということです。
ジョブズは目の前の時代の波に乗ることで成功を掴みました。一方、マスクは未来という時代の波に乗るために、今を作ることで成功したのです。
ジョブズが生きた時代はちょうどインターネットやコンピューターが普及し始めた頃です。その波に乗ってMacやiPhoneを生み出したジョブズ。しかしマスクがテスラの取締役に就任した時、EV市場なんてほとんど存在しませんでした。スペースXを立ち上げた時も、民間宇宙産業なんてほとんどありません。しかし未来にはその市場が存在しているということを考え、未来に対して今を作ったんです。
16歳という歳の差は時代の波が変わるほど大きなものでした。
ジョブズが生まれた1955年は、アメリカの歴史に暗い影を落とすベトナム戦争が始まった年です。1960年代にはケネディやキング牧師が暗殺されています。社会状況が不安定になる中、権力や社会の価値観に反発するカウンターカルチャーが誕生しました。
カウンターカルチャーはジョブズに大きな影響を与え、ジョブズを形作った時代の波の一つでした。
ジョブズがいつも裸足で、ヒッピーのような格好をしていたのは有名な話ですよね。ジョブズは高校生の時、初期のアップルの技術面を支えたウォズアニックと出会います。二人は長距離電話がかけられる機械を製作し、数百台販売しました。この頃からジョブズの商才とウォズアニックの技術力は発揮されていたんですね。その機械を使って国務長官のふりをしてローマ法王に電話をかけるなど、カウンターカルチャーらしいいたずら心も発揮されています。
大学に入ってからもカウンターカルチャーの影響は止まらず、素足でボロボロのジーンズ、LSDを吸い、ボブディランを聞き、禅に没頭して、野菜と果物しか食べない食生活を続けるなど、かなり風変わりな若者でした。
そこにもう一つの時代の波が押し寄せます。それがエレクトロニクスの波です。ジョブズはシリコンバレーがあるサンフランシスコに生まれましたが、当時のサンフランシスコは農業が盛んな地域から、軍需企業が集まるハイテク地域へ大変革していました。その中には今もある巨大パソコンメーカーHPのオフィスもありました。
1955年にジョブズが生まれた年、ソニーがトランジスタラジオを発売。4歳の時にはIBMがコンピューター開発に乗り出し、9歳の時に世界初のトランジスタ電卓が登場しました。そして16歳の時、まだ半導体ベンチャーだったインテルが、画期的なマイクロプロセッサーを発表。これがのちのパーソナルコンピューターにつながっていきます。まさに、コンピューター誕生の歴史と共に成長してきたのです。
一方、16歳下のマスクの幼少期は全く違ったものでした。ジョブズがカウンターカルチャーとエレクトロニクスの波の中で育ちましたが、マスクが育ったのはパソコンとインターネットの波です。
南アフリカで生まれたマスクは、10歳の時に初めてパソコンに触れました。そしてそのパソコンに同封されていたベーシック言語の取り扱い説明書を夢中で読み、普通は6ヶ月で理解する内容を3日間でマスターしてしまったんです。
すぐにプログラミングをマスターしたマスクは12歳の時にゲームソフトを作って販売しています。
マスクは圧倒的な読書家で、図書館の本を全部読んでしまったみたいなエピソードがありますが、10歳の時にはすでに大天才ですね。ちなみに当時マスクが使ったパソコンは、AppleⅡに影響を受けて作られた別メーカーの低価格版だったそうです。
マスクは10歳の時に一度アメリカを訪れ、テクノロジーに触れ、ずっとアメリカにいきたいと望んでいました。そして17歳の時にカナダにわかり、カナダの大学に進学。その後、アメリカの大学に編入して物理学と経済学を学びます。
そして天才イーロン・マスクは、さらにスタンフォード大学に編入し、応用物理学を学び始めました。
しかし、そこをたった2日で退学してしまいます。
2日で退学ってすごいですよね。今何が大事か考えた時、大学で学ぶよりインターネット分野で新しいサービスを立ち上げる方が重要だと考えたそうです。
マスクは自らプログラムを書き、Zip2というソフトウェアを開発。数年後には大手PCメーカーからの買収を受け、2200万ドルもの資産を得ました。それを元手に今後はネット決済サービス企業を立ち上げます。Xドットコムという会社でしたが、その後競合と統合し、ペイパルを立ち上げます。そのペイパルはeBayに買収され、マスクは1億8000万ドルを手にしました。
余談ですが、イーロンマスクが最も重要だと言った「インターネット」ですが、その基礎をなるワールドワイドウェブを生み出したティム・バーナーズ・リー。彼が世界初のウェブサイトを作った時、使っていたのはネクスト社のコンピューターでした。ネクスト社はAppleを追われたジョブズが立ち上げたPC企業です。
ここまで乗ってきた波の違いを紹介しましたが、マスクはその後、EVメーカーのテスラやロケットを開発するスペースXなど、インターネットから少し離れてしまいます。新しい波を見つけたわけではありません。彼は自分がやりたいこと、作りたい未来を見据えて、そのための時代の波がなかった時、自分で波を作ろうと考えたんです。
だからマスクの経営戦略は逆算式です。
「民間で宇宙事業を行う。火星に移住する」というビジョンを先に決めます。そこから「そのためには格安のロケットが大量に必要だ。そのためにはロケットを再利用すべきだ」というふうに逆算していきます。
テスラも同様です。EVというほとんど存在しない小さなマーケットについて考えるのではなく、最初から「全ての車がEVになる」と考え、そのために必要なことを考えました。当時、他のEV企業は小型車の開発が中心でした。しかしテスラが最初に販売したEV社ロードスターは10万ドル。超高級車です。
イーロン・マスクは超高級車を最初に販売して、金持ちやインフルエンサーが使うことで「EVってかっこいい」というイメージを作り、それから大衆車を作れば多くの人が買ってくれると考えたんです。実際、3.5万ドルのモデル3で中流層にも一気に普及しました。最初から全部の車をEVに変えると考えていなければ思いつかない戦略です。
EVも宇宙産業も、全く時代の波がなかったところに参入したマスクですが、ようやく時代が追いついてきました。今やEVも宇宙産業も、国家レベルでサポートされる一大産業になっています。
今を見て、未来を作ったジョブズと、未来を決めて、今を作るマスク。ここに、二人の天才経営者の分かれ道がある。
ビジョナリーとして時代を切り拓いたと称される二人だが、ジョブズが生み出した数々の革命的な製品は、あくまで今の時代の波の延長線上にあるものだった。<中略>すでに世の中にある技術をジョブズがユーザー目線で革新的な製品に作り上げ、その後、他社がパクって後追いすることで時代が作られていった。
一方、マスクの手がけているものは、時代の波とは無関係に、マスク自身が発想した未来を起点として、今あるべき波を自ら起こしてきたものだ。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
プロダクトピッカーとテクノキング
本書ではジョブズを「プロダクトピッカー(製品の細部にまでこだわる人)」、マスクを「テクノキング」だとしています。
以前Intro Booksで紹介したイーロンマスクの本も「テクノキング」というタイトルでした。
影響を受けた時代の波が違う二人は製品作りのプロセスも全く違います。
まずスティーブ・ジョブズについて見てみましょう。先ほども書いたように、ジョブズはプログラミングもできなければ、製品の図面を書くこともできません。勘違いされがちですが、MacもiPhoneも、ジョブズが作ったものではなく、ジョブズの元に集まった天才が生み出したものです。
iPhoneには説明書がありません。これは以前の電子機器ではあり得ないことです。製品を買ったら小難しい説明書を読んで、少しずつ使い方を覚えていく。それが普通でした。しかしApple製品のほとんどは誰でも直感的に、簡単に使えるようになっています。これはジョブズがプログラムやテクノロジーの素人だったからこそかもしれません。
例えば、Appleが社会に衝撃を与えた初期のコンピューターにはグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)が搭載されていました。それまではプログラミング言語を知らないと使えなかったコンピューターを、ドラック&ドロップで使えるようにしたのです。
しかしその技術もAppleが生み出したものではありません。コピー機メーカーのゼロックスが生み出したものです。
しかし、ゼロックスのエンジニアや経営陣は、GUIを作ったものの何に使えるのかイメージできませんでした。コンピューターを使える人はプログラミングできることが当たり前だったからです。
しかしジョブズはGUIに感動して、それをパーソナルコンピューターに埋め込みました。当然、技術的には非常に難しい(GUIを搭載すると個人向けにしては価格が高くなりすぎる)のですが、ジョブズはそんなこと知りません。アウトローな技術者を集め、GUIを搭載したコンピューター、マッキントッシュを生み出したのです。
さらにMacを開発する時には電話帳を持ち出し「これ以下のサイズにするように」と技術者に言いました。誰もが無理だと思うサイズですし、ジョブズのようにテクノロジーがわからない人に言われたら怒り出しそうなものですが、不思議とジョブズがいうとやる気になってしまうそうです。
ちなみにこの頃のスタッフはまさにアウトロー。マッキントッシュプロジェクトのリーダー、ジェフ・ラスキンは大学を辞める時、熱気球で学長の家の上空からソプラノリコーダーを吹いて驚いて出てきた学長に「やめてやる!」と叫んだそうです。GUIの基本機能を開発したビル・アトキンソンも社内会議でジョブズに「馬鹿野郎!」と叫んだり、なかなかやばいメンバーが揃っていました。それをビジョンでまとめ上げるジョブズはやはりさすがです。
マウスを使い、ウィンドウを開き、コピー&ペーストやドラック&ドロップをして操作を行い、余分なものはゴミ箱に捨てると言った基本構成は、Macが誕生して40年近く経った今でもまったく変わっていない。その現実こそが、Macの先見性を証明している。
<中略>
「ジョブズがMacを生み出さなくても、GUIを持ったパソコンはいずれ生まれていただろう」という意見がある。なるほど。その通りかもしれない。だが、それはいつになっていただろうか。
新製品開発は体操競技と似ている。1972年のミュンヘン五輪の体操競技において、日本の塚原光男選手が鉄棒で「月面宙返り」という世界初の新技を出した時、「こんなすごいことができるんだ!」と誰もが驚いた。もちろん、塚原選手は金メダルを獲得した。
しかしその後、別の選手たちも次々と月面宙返りを成功させるようになった。時が経ち、世界が驚いた月面宙返りは、今までは中学生でもできる技になっている。
世界初を生み出すためには、何年もの時間をかけ、何度も失敗を繰り返さなければならない。しかも、それが本当に成功するかどうかの保証はない。
しかし、いったん誰かが世界初の新しい技を成功させると、他の選手がそれを真似するのは意外とたやすい。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
Macが生み出した世界初はGUIだけではありません。いろいろなフォント、書籍編集を行うDTP、ペイントソフトなど今や当たり前になったさまざまなものが、初期のMacには搭載されていました。確かにジョブズがいなくてもこれらはいずれ搭載されていたかもしれませんが、ウィンドウズはMacという手本があったにも関わらず、似たものを作るのに11年もかかっています。ジョブズがいなければ、時代は10年、20年と遅れて進化していたかもしれません。
ここまで「プロダクトピッカー」のジョブズについて取り上げてきましたが、ここからは「テクノキング」イーロン・マスクです。
テクノキングのイーロン・マスクの思考法は、大学で学んだ物理学です。物理学的思考とは、原点からなぜ?を考えるということです。
マスクは「なぜロケットはあんなにコストが高いのか?」と考えました。ジョブズなら「安いロケットを作れ!」と丸投げするかもしれませんが、マスクはまずロケットの原材料を調べ始めます。色々調べていくと、ロケット全体のコストに占める原材料費は2%程度であることがわかりました。製造業としてはあり得ない数字です。
国が運営する団体であるNASAではコスト意識が働きにくいのもあるでしょうが、それでも98%が材料費以外のコストだというのは驚きですね。この数字をソースにマスクは「ロケットのコストを100分の1にする」と一見夢物語のようなことを豪語しました。誰もがそんなの無理だと思う数字ですが、物理的に十分可能だと判断した上での発言なんです。
そしてマスクは大量の本を読み漁り、専門外のロケットについてもマスター。手っ取り早く開発するために、ロシアから大陸間弾道ミサイルを購入しようと考えました。しかしロシアが軍事的な秘密を大量に抱えたロケットを簡単に売るわけもなく、交渉は失敗に終わります。
ですが、交渉の帰りの飛行機のなかでマスクは、交渉中に見たり説明を受けたロケットから情報収集し、自分の知識を掛け合わせて、新しいロケット構想を作り上げました。この現場力こそがマスクの強みです。
天才の頭脳を持ってしても最初、スペースXのロケット実験はなかなかうまくいきません。しかしNASAと連携するなど、意外と権力とうまく付き合いながら着々と実験を進め、ついには成功させてしまいます。
ひたすら言葉で人を動かすジョブズに対して、マスクは自らも現場に入って頭脳を、そして手足を動かすことに特徴がある。
この流れは、2000年代初頭と2010年代での世界的な変化と言えるかも知れない。実際、昨今では口だけで人を動かすリーダーは減っている印象がある。何より、DXの進む現代の経営においては、テクノロジーに関する知識は不可欠だ。
「技術を知り尽くし、現場に飛び込んで解決するリーダー」が強く求められているのかもしれない。マスクが実践しているのは新たなリーダー像であり、若い人たちはそこに魅力を感じている。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
アメリカの工学部の学生の人気ランキングでは、テスラが1位、スペースXが2位なのだそうです。若い層が求めているリーダー像が、イーロン・マスクにかなり近いことを示しています。最も、最近のTwitter買収後のゴタゴタでこの順位も変わるのかも知れませんが…
ちなみにもう一つ、二人の面白い違いが、情報の秘匿性です。
スペースXは実験映像も失敗も含めて全部ネット配信しています。テスラもほとんどの特許をオープンソースとして公開し、競合が自由に使えるようにしています。
ソフトウェアの重要性に気づいたジョブズ
一方、スティーブ・ジョブズは徹底して情報を秘匿しました。製品発表の当日まで誰の目にも触れないよう厳密に管理していましたし、重要な技術は自社だけのものになるよう特許戦略にも力を入れていました。
どちらがいいという話ではありませんが、全てを人類の共有財産として公開するマスクと、秘密にすることで期待感を煽り人々を感動させてきたジョブズ、この違いも面白いですね。
もう一つ面白い話があります。
ジョブズはAppleを追われた後、ネクストというコンピューター会社を立ち上げます。これまでハードウェアにこだわってきたジョブズにしては意外なことに、ネクストはソフトウェアに強みを持った企業でした(最初はハードウェアにも力を入れていたみたいですが…)
ジョブズがソフトウェアの重要性に目を向けるきっかけの一つと言われているのが、ピクサーです。ピクサーは元々ルーカスフィルムのCG部門でした。ジョブズは初めてピクサーの技術を見た時、GUIを初めて見た時と同じくらい感動したそうです。
当時AppleのCEOだったスカリーにピクサーを買収すべきだと持ちかけたジョブズですが、スカリーは全く興味を示さず。最終的には、ジョージ・ルーカスが離婚の慰謝料で現金が必要となり、CG部門を独立。それをジョブズが買収して、ピクサーという存在が生まれました。
なんだか色々な偶然があって今があるんだなと思います。ジョブズはネクストを買収させることでAppleに返り咲き、ピクサーを買収させることでディズニーの取締役にもなります。世界最高のハイテク企業と、世界最高のエンタメ企業。まさにジョブズが描いていた「テクノロジーとアートの交差点、リベラルアーツ」に至ったわけですが、そのきっかけの一つが離婚の慰謝料だったんです。
一連の流れの中でソフトウェアの重要性に気づいたジョブズですが、Appleに返り咲いた後にAppleがかつての輝きを取り戻すきっかけになったのもソフトウェアでした。そもそもハードウェアにこだわるAppleは、優れたソフトウェアを持っていたからこそネクスト社を買収、ジョブズを迎え入れることを決めたのです。
そして今や、アップルはハードウェアの販売ではなく、ソフトウェアによるサービス収入で売上を立てる企業になりました。
自動車をスマホ化させたマスク
話をイーロン・マスクに持っていきましょう。彼は10歳でプログラミングをマスターし、その後もプログラマーとして自らソフトウェアを開発してきました。それが今、テスラなど実際のハードウェアを作っています。
その点ではハードウェアにこだわり続け、さまざまな経験からソフトウェアの重要性に気づいたジョブズと、逆のプロセスをたどっていると言えます。
そしてジョブズが、優れたハードウェアと優れたソフトウェアをセットで考え、iPhoneのような革新的な製品を生み出したように、マスクもまた、ソフトウェアの発想をハードウェアに組み込むことでイノベーションを起こしました。
それが、自動車のスマホ化です。
基本的にハードウェアは、出荷した後は手直しができません。だからこそ事前に入念なテストを行い、決してミスがない、エラーを見逃さないことに注力します。なので自動車の製造プロセスは長く、企画や製造よりテストにかなりの時間とコストがかかってしまいました。また、出荷した後手直しができないということは、出荷した瞬間から古くなり続ける、競合があたらしいものを出しても既存の製品については指を咥えて見ているしかないということでもあります。
しかし、ソフトウェアは違います。ベータ版としてエラーが残った状態でリリースし、徐々に制度を高めていきます。競合が新しい機能を実装すれば、こちらもソフトウェアのアップデートで新しい機能を加える。常に最新状態をキープすることができます。イーロン・マスクは、この考え方を自動車にも入れました。
テスラのEVは、ソフトウェアをアップデートすることで、機能や性能を出荷後も向上させていくことができます。例えば、モデルSの自動緊急ブレーキは当初、45キロ以下でしか使えない機能でした。しかしその後のアップデートにより時速154キロまで対応できるようになっています。
実はモデルSは機能的には154キロまで対応できる性能を持っていました。しかしソフトウェアの開発が間に合わなかったのです。だからとりあえず開発が間に合った45キロ以下までの機能でリリースしたんです。
まさにソフトウェア、アプリの開発方法ですよね。もしソフトウェアの開発が完了するのを待っていたら販売が1年、2年伸びていたかも知れません。そうなると、競合が先にもっといいものを出すリスクもあるし、テスラのような赤字企業にとっては倒産の可能性さえあります。他にもバッテリーの発火事故が起こった際、普通の自動車メーカーならリコール、改修して作り直して、というのをするところ、テスラはソフトウェアのアップデートだけで一瞬で終わらせた、という話もあります。
さらに販売方法もソフトウェア的です。バッテリーの仕様が低いモデルS60を発売した時、ユーザーは後からオプションでバッテリーの仕様をグレードアップできるようにしました。
工場に運んでバッテリーを入れ替えたわけではありません。最初から高性能のバッテリーを積んでおいて、ソフトウェアで制限。オプションを購入した人のソフトウェアをアップデートしただけです。
これまでの自動車販売では考えられない販売方法です。
本書ではマスクとジョブズの絶頂期、その頃のイノベーションとトラブル、乗り越え方などもいろいろな話が紹介されているのですが、かなり長くなってきたので結論を見ていきましょう。ここまで二人の功績や考え方の違いなどを見てきましたが、結局、マスクはジョブズを超えたのでしょうか?二人の生きた時代や年齢が逆だったら、どうなっていたのでしょうか?
ジョブズが10年長く生き、マスクが10年早く生まれていた世界
僕もApple製品のファンとして、もしジョブズが今も生きていたら、もっと革新的な製品をどんどん生み出してくれていたらだろう…と考えてしまいます。iPhoneは正直変わり映えしませんし、Apple WatchやiPadは確かに素晴らしいですが、iPhoneが登場した時のような感動はありません。
もしジョブズが膵臓がんを克服し今もAppleのCEOだったら…
余談ですが、ジョブズは癌と診断された後も謎の民間療法に頼ったり、なかなか手術を受けなかったそうです。もしすぐに手術していたら今も生きていただろう、と考える人は少なくありません。
しかし筆者は、もしジョブズが今も生きていたらAppleはさらに成功していたか、については「ノー」だといいます。
その理由の一つがAppleの規模です。ジョブズはカウンターカルチャーの中で育ったので、権力や政治が大嫌い。しかし今のAppleの規模で権力や政治を無視するわけにはいきません。
今やAppleにとって中国は製造・販売の両方で無視できない存在ですが、ジョブズが大嫌いな独裁者がいる国なので、中国とうまく渡り合えるハズがありません。
また、トランプ元大統領との相性も最悪でしょう。ジョブズの政治嫌いのせいもありますが、移民の間に生まれたジョブズは移民政策で直接ぶつかっていたハズです。米中貿易摩擦も、そうした政治問題が大嫌いで、かつ中国に工場を持つAppleにとって難しい問題ですが、ジョブズはその問題に対処できないでしょう。
ちなみに周囲の企画でジョブズとオバマ元大統領の面談が行われた際、ジョブズは「あなたは一期だけの大統領で終わる」となかなかとんでもないことを直接言ったそうです。
この辺は、まさにティム・クックCEOでよかったな、と思うところです。以前紹介した「After Steve」ティム・クック編でいろんな苦労エピソードを紹介しています。
もう一つは環境です。現在、環境問題に関心が集まり、多くの企業がESGやSDGsを掲げていますが、ジョブズは環境に無関心でした。公衆環境研究センターがAppleに対してサプライチェーンの問題に対処するよう報告書を出した時も、Appleは対処しませんでした。
Appleが対処したのは2012年。ティム・クックCEOになった途端、手のひらを返したように環境問題と向き合い、責任を持った姿勢を打ち出すようになりました。
確かに今の状態で、環境問題に無関心だったら世界中で不買運動が起こりそうですよね。今のAppleや本腰を入れてサプライチェーンの労働条件の改善や環境改善に取り組んでいます。
アップルのCEOがジョブズのままであったら、2010年代のアップルは大変なことになっただろう。もちろん、世界を驚かせるような製品がいくつか生まれていたかも知れないが、その前に会社がなくなってしまっていてはどうしようもない。
ただ、ここでジョブズを時代遅れの経営者だと批判するのではなく、時代の波が大きく変わったと捉えないと本質を見誤ってしまう。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
一方、イーロン・マスクがもし10年早く生まれていたらどうなっていたでしょうか。
テスラの創業は2003年なので、もし10年早かったら1993年です。実は当時、すでにCO2への問題意識が生まれ、1998年には排気ガスに関する法律も生まれ、各社がEV開発に乗り出していました。
つまり、当時はEVへの時代の波があったのです。
であれば、イーロン・マスクの成功はもっと早く、大きなものになっていたでしょうか。
おそらくそうはならなかったと思います。2001年に大統領に就任したブッシュ大統領は、石油ビジネスの中心地テキサス出身で、石油会社からの支援で選挙を勝ち抜きました。彼が大統領になってからEV化の波は一気に逆転してしまったんです。
EV化の波は小さいうちに消されてしまいました。波が消えるどころか、押し返す波がやってきていたんです。10年早くテスラを創業しても、さすがに失敗していたでしょう。しかし、温暖化や持続可能性が注目され、波が大きくなった今では、大統領が変わってもその波を消すことはできないと思います。
そしてスペースXも同じです。スペースXはNASAから支援を受けたり、NASAの仕事を受注したりすることで成功しました。10年早ければ民営化の流れもなく、NASAとの連携は実現しなかったでしょう。スペースXはNASAから仕事をもらったことで、ロケットの基本的な設計や知見を得ていました。それでも「後一回失敗したら倒産だ」というギリギリのところで成功したわけなので、NASAと連携しなければロケットが成功する前に倒産していたでしょう。
そもそもイーロン・マスクが10年早く、南アフリカに生まれていたら、10歳でパソコンに触れることもなかったでしょうし、カナダに移住することも難しかったでしょう。大学時代に企業して莫大な資産を得たソフトウェア市場も存在していませんでした。
ジョブズもマスクも「時代の波に乗って活躍した経営者」であり、時代の波からズレていたら、二人とも表舞台に躍り出ることはできなかった。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
ジョブズとマスクの3つの共通点
ここまで違いに触れてきましたが、共通する部分もあります。最後に共通する部分をいくつか紹介して、「マスクはジョブズを超えたのか?」への答えを考えてみたいと思います。
共通点「敵に立ち向かう姿勢」
ジョブズもマスクも、巨大な敵に立ち向かうことで成功しました。特にジョブズはカウンターカルチャーの申し子として、コンピューターの支配者だったIBMに真っ向から戦っています。
ディズニーや音楽業界とも戦いました。ディズニーは最初、ピクサー作品をかなり安く買い叩こうとしていましたが、ジョブズは「制作に関して口を出すな。収益は折半だ」とかなり強気に交渉します。まだ1つの映画を成功させただけの弱小制作会社だった頃にです。iTunesをリリースする時も、巨大レーベルと直接対決しました。
マスクも同様です。スペースXは契約が不適切だとして、NASAを訴えたことがありますが、当時のスペースCにとって最大の、ほとんど唯一のクライアントがNASAです。普通に考えたらこちらが折れるしかない力関係ですが、マスクは戦い、勝利しました。
共通点「垂直統合型で戦う」
具体的な組織構造も似ています。ジョブズもマスクもほとんどM&A(買収)をしません。どちらも自社技術の進化に重きを置いて、絶対に必要だと狙った企業だけを買収してきました。これは両者の「自社の強みは技術力にある」という考えに根ざしています。
そしてどちらも独自のサプライチェーンを築き上げ、ハードウェア、ソフトウェアの両方を全て作る「垂直統合型」の企業です。一般に水平分業型(Windowsなど)のほうがコストを抑えられますが、完成品質は全てをコントロールできる垂直統合型の方が優れていると言われます。
Appleはもちろん、テスラも垂直統合型で、モーターやバッテリーを自社製造していますし、スペースXもエンジン、燃料タンクなど普通は外部から調達してくるものまで内製しています。
共通点「高速学習の達人」
高速学習について、イーロン・マスクにはいろいろな逸話があります。6ヶ月かけて学ぶプログラミングを3日でマスター、図書館の本を全部読んだ、ロケットの素人でありながらロケットエンジニアを質問攻めにして研究者と対等に議論を交わしている、などです。
一方、スティーブ・ジョブズも同じでした。ジョブズはプレゼン、マーケティングの達人と称されますが、どちらも専門的に学んだわけではありません。取引先の広告代理店などから学び、あっという間に自分のものにしてしまいました。
どちらも本や他者から学び、ただ学ぶだけでなくそれを自分のものにしてさらに進化させるという共通点があります。
企業は社長の器以上にはならない。つまり、社長が成長しないと企業は成長できない。ジョブズもマスクも学んで成長し続ける社長だったから、アップルもテスラもスペースXも成長し続けることができたのだ。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
結局、マスクはジョブズを超えたのか?
ということで今回は「イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか」を紹介しました。
結局、本書の中で筆者はその答えを教えてくれません。二人の生き様、能力や問題点などから、私たち読者に考えさせてくれます。
今の時代の波だけで考えたら、イーロン・マスクはジョブズを超えていると言えるかもしれません。でもそれは今の時代の波に限った話。ジョブズがおそらく2010年代の時代の波に乗れなかったように、イーロン・マスクもこれからの時代の波に乗れない可能性もあります。
ジョブズとマスクが身をもって示していることは、当事者の発想の自由と、多様性を受け入れる周りの理解者がいることがイノベーションを生み出し、成功させる必要条件ということだ。ただし、十分条件ではない。十分条件は時代の波だ。どれだけ素晴らしいアイデアと、周りに理解する人がいても、時代の波に逆らっては成功しないことも付け加えておこう。
引用:イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを越えたのか
必要条件と十分条件は互いに背中合わせです。もっと言えば、優れた才能と時代の波は、成功の必要十分条件と言ってもいいでしょう。その両方が重なるところに成功があります。イーロン・マスクもスティーブ・ジョブズも、間違いなく優れた才能をもっていますが、10年早く生まれていたら、10年長く生きていたら、全く違う結果になっていた、成功していない可能性の方が高いのは本書で見てきた通りです。
本書は他では聞いたことがない二人のエピソードが盛りだくさん。そしてそれらから学べる、時代の波と才能を掛け合わせた成功方法や、日本企業に足りない要素などについて書かれています。ぜひ本書を読んで、ぜひ自分なりの「マスクはジョブズを超えたのか?」に答えを見つけ、これからの時代の波に乗るヒントを見つけてください。
この記事を書いた人
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かれこれ5年以上、変えることなく維持しているマッシュヘア。
座右の銘は倦むことなかれ。
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